研究内容

船舶からの
水中放射雑音と
海洋生態系

Underwater Radiated Noise from Ships and Marine Ecosystems

人類の活動に起因する水中放射雑音の海洋生態系に対する影響への懸念が、環境保護団体を中心に広がっています。国際海事機関(IMO)では、船舶の水中放射雑音の周波数がクジラの鳴音の周波数に近いことから、一般商船の水中放射雑音に関して議論が進められており、国際物流を支える海運と海洋生態系保全の両立が課題となっています。さらに、水中放射雑音低減と二酸化炭素排出量低減にトレードオフの関係があることも問題視されており、両方を低減する方策が求められています。ただし、水中放射雑音は、二酸化炭素と違って物質ではないので、環境に蓄積されることはありません。すなわち、二酸化炭素は世界中で減らす必要がありますが、水中放射雑音は影響が懸念される海洋生物の生息域の音圧レベルを低減することが重要になります。

過去の調査研究時に撮影した、小笠原近海でのザトウクジラ



船舶からの水中放射雑音の現地計測

一般商船の水中放射雑音に対する船種や船速の定量的な影響を調査するために、2020、2021、2022年度に、各年度2ヶ月間程度連続で水中音を実海域で連続計測しました。計測場所は伊豆大島沖の水深約330mの地点です。(論文はこちら

伊豆大島沖でのハイドロフォン設置作業

上記計測では各年度毎に250隻を超える外航船の水中音を記録することができました。下図は、ハイドロフォンの近くを船舶が航行した際の音のレベルの時間変化を表します。縦方向は周波数を表し、画像下部ほど周波数が低く上部ほど周波数が高くなります。横方向は時間を表し、右方向を正としています。画像の左右の中心付近の色が明るいのは、船舶がハイドロフォンに最も近づいていることを示します。今回の計測では、低周波数の音が海面付近で比較的遠くまで伝搬する様子が確認されました。

ハイドロフォン近傍を船舶が航行した際のスペクトログラム

下図は,コンテナ船が放射する船舶水中放射雑音のレベルが、船長と船速によってどの程度違うかを検討した図になります。同じ種類の船では、大きい船ほど雑音が大きいですが、船速を落とすことで雑音を低減できることが示されています。減速運航は水中放射雑音に加えて、二酸化炭素排出量も低減させるので、有効な方策の一つと考えられています。

音響伝搬計算に基づく船舶の音源レベルの推定や水中放射雑音の低減法

水中音伝搬の推定法として,単純なエネルギーの拡散に基づく方法と,波動方程式に基づく方法が挙げられます.前者の例として,球面状のエネルギー拡散に基づく伝搬損失$TL$は,音源からの距離$r$を用いて,

\begin{equation} TL = 20 \log r \quad[\text {dB}] \end{equation}

と表されます.これは音源から近い範囲ではよい推定を与えるため,船舶水中音の音源レベルの推定にも用いられます.後者の例としてノーマルモード法を用いた水中音の伝搬損失の推定結果を下図に示します.縦方向は水深を,横方向は水平距離を表し,音源は船舶を想定し画像左上にあります.この方法では音波の伝搬の波動性を考慮できるため,水面や海底での反射,水中での音速の変化に伴う屈折が推定されています.

ノーマルモード法を用いた計測海域における水中音伝搬の推定